商店街

February 06, 2014 01:55

 4月の消費税増税によって消費の低下が懸念される中、集客力を高めようと各社がしのぎを削る。

◆「大丸松坂屋百貨店」
 J・フロントリテイリング傘下の大丸松坂屋百貨店は、「松坂屋上野店南館」の営業を2014年3月で終了。パルコやTOHOシネマズ、オフィスを1棟に集積した高層複合ビルに建替える。

◆「玉川高島屋ショッピングセンター」
 高島屋は「玉川高島屋ショッピングセンター」の大規模リニューアルを、2014年春から夏にかけて実施。全4フロア構成の新館が開業し、ファッションやカフェ、トリートメントサロンを展開する「Ron Herman(ロンハーマン)」が3月8日に国内最大規模で移転オープンする。

◆「日本橋室町東地区開発計画」

 東京の日本橋エリアでは「日本橋再生計画」の一環として、三井不動産が複数の地権者と共同で5つの街区にわたる大規模複合開発「日本橋室町東地区開発計画」を推進している。
 新商業施設「COREDO室町2(コレドムロマチツー)」と「COREDO室町3(コレドムロマチスリー)」は、3月20日に同時開業。また「COREDO 室町」と「日本橋三井タワー」のリニューアルも実施される。

◆「日本橋三越本店」

 同じく日本橋では、「日本橋三越本店」の改装も計画されている。三井不動産は、春に「三井ショッピングパーク ららぽーとTOKYO-BAY」の大規模リニューアルを実施。また新宿エリアでは、三井不動産が旧新宿中村屋本店ビル跡地に新商業ビル「(仮称)新宿中村屋ビル」を建設しており、11月の開業が予定されている。

◆銀座一丁目 商業施設「KIRARI TO GINZA(キラリトギンザ)」
 銀座エリアでは オリックス不動産が銀座一丁目に商業施設「KIRARI TO GINZA(キラリトギンザ)」を秋に開業。J.フロントリテイリングと森ビルなどが進めている銀座六丁目地区「松坂屋銀座店」跡地の再開発は、2016年の開業をめどに大型商業施設の建設が進行している。






June 22, 2013 00:00

とっておきの銀座 (文春文庫)
とっておきの銀座 (文春文庫) [文庫]


 東京・銀座の老舗デパート松坂屋銀座店は、6月末で、88年の歴史にいったん幕を閉じる。松坂屋銀座店は、関東大震災翌年の1924年に開店し、1929年には他社に先駆けて、エレベーターガールを採用している。
 松坂屋銀座店は,銀座6丁目の再開発計画によって、松坂屋銀座店は解体され、2017年に地上13階、地下6階の新たな大型複合施設として生まれ変わることになっている。
 現在は、閉店セール真っただ中で、連日,多くのお客さんが開店前から行列を作っている。
 
◆銀座 百貨店
・三越銀座店:2010年に売り場面積を増やしたリニューアルオープンをしてから、来客数、売り上げともに順調に伸ばしている。

・プランタン銀座:イベントや新たなショップを入れるなどして,新規顧客獲得を目指している。

・松屋銀座:お中元商戦に商機を見いだし、松坂屋銀座店と取引のあった企業への売り込みを強化している。

(フランコ・コレツィオーニ)Franco Collezioni 銀座・丸の内のOL100人Rが選んだ白系ワイシャツ3枚組(半袖) 50281
(フランコ・コレツィオーニ)Franco Collezioni 銀座・丸の内のOL100人Rが選んだ白系ワイシャツ3枚組(半袖) 50281 [ウェア&シューズ]
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May 27, 2013 18:20

 百貨店業界では東の伊勢丹新宿本店と並び、西の横綱と称される「阪急うめだ本店」。昨年11月に全面改装開業し、売上高は前年比2倍近い伸びを見せている。なかでも注目の売り場が、10階にある趣味雑貨フロア「うめだスーク」。大型専門店をテナントに誘致する百貨店が増えるなか、阪急が独自に編集した売り場である。

 スークとはアラビア語で「市場」の意。「楽しい売り場」をテーマに、街や市場のような印象を与えるフロアを目指した。家をかたどったブース形式のショップがやや雑然と並び、その間に紛れ込むようにスタンドカフェやティーショップが配される。リビング雑貨、服飾雑貨、手芸用品、文具など取り扱う雑貨類もあえて細かく分類せずに置かれる。

 この売り場のヒントは,毎月15日、京都の知恩寺に手作りアクセサリーの作家が集まる「百万遍さんの手づくり市」や、二条城近くのギャラリーで開催される、多様な業種の人が段ボール箱1個に入れたものを持ち寄って売る「箱市」,松本、倉敷、高知などでも行われている。 



【内容紹介】

特集:家計圧迫時代の最強業態生鮮DS本当の脅威低価格大前提で突入する業態無差別の大競争

ルミエール(三角商事)・子育て世代の支持を集め行く先々で競合を蹴散らすロピア・日常の買い物に激安と遊び心のユートピアを演出トライアルカンパニー・流通を科学して全国制覇とアジアを臨むザ・ビッグ・DSのプロトタイプ確立へ大型の新店開発に軸足を移すザ・プライス
【内容紹介】

特集「九州地区の食品小売市場−食 ボーダレス・コンペティション」



 コスモス薬品(福岡県)、ニシムタ(鹿児島県)、ディスカウントストアのトライアルカンパニー,三角商事(福岡県)などの新興勢力のか、マックスバリュ九州(福岡県)やイズミ(広島県)、ハローデイ(福岡県)などの既存小売業の取り組みを追う。



June 27, 2012 18:10


 ┏━┓                           
 ┃★┃『商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道
 ┗━╋…────


商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道 (光文社新書)



『商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道』
         (新雅史(あらた・まさふみ)著/光文社新書・777円)

 『商店街はなぜ滅びるのか 社会・政治・経済史から探る再生の道』は,5月20日に初版8千部でスタートし、すでに2回増刷。現在までの発行部数は1万4千部というベストセラー。


 全国約1万7百の商店街の,大半は住宅地に隣接した近隣型商店街である。極めて近代的な存在である商店街は、どういう理由で発明され、そして、繁栄し、衰退したのか?。 よく言われるように、郊外型ショッピングモールの乱立だけが、商店街衰退の原因なのか?
 さらに、地域コミュニティの要となる商店街の再生には、どういう政策が必要なのか?膨大な資料をもとに解き明かす、社会学者による画期的な考察。



 本書は昭和48年生まれの社会学者新雅史氏が、今ある商店街は伝統的でも自然発生的でもなく、昭和期以降、人工的に形成されたきわめて近代的な存在であると論述している。

 大正から昭和初期にかけて、農村から都市への人口流入が激しくなったが、工場などで雇用労働者として働けたのは、実は少なかった。多くは家族経営の零細小売業者となり、その無秩序な増加は当時、大きな社会問題とされた。

 その解決策として生まれたのが,商店街という構想だった。個々の小売業者を専門店化し、一定の地区ごとに束ねれば、質の高い消費空間が生まれ、地域の中核になる。戦時統制経済や戦後の関係法整備などの成り行きもあって、全国に多くの商店街が生まれた。

 著者は,高度成長期まで隆盛をきわめた商店街が崩壊に転じた年を、オイルショックの1年後、セブン−イレブンが日本1号店を出した1974(昭和49)年としている。そして,近代家族モデルと日本型政治で成り立った商店街は、両者の行き詰まりで自壊していった,と論じている。

 衰退にはしかるべき理由・原因がある。それを探求することで、再生への課題が自ずと浮かびあがってくる。こうした観点かられからの商店街再生を論じるに当たり参考となる書である。

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March 15, 2012 07:07

 民俗学では、商店、行商などを 「交通・交易」の分野で取り扱ってきた。ふつう商店街は駅前を中心に形成されているか、あるいは、主要な道路に沿って伸びている。商店街はいろいろな店が集まっているので買い物に便利で繁華街として賑わっているが、その一方、道路沿いの古くからの商店街は自動車の普及によって、逆に買い物客の出足が伸び悩んでいる。郊外に食料品、、生鮮食料品、日常品などを完備した大規模なスーパーマーケットの進出により、新しい商店街が誕生している。また、駅から10分程度離れた住宅地域にも小さな商店街ができている。このような新しい商店街の多くは経済成長の過程で形成されたものである。商店街では、客寄せのために年末年始の大売り出しや福引きセール、クリスマスセールなどがある。

 店舗商業は行商に対する座商がルーツであり、常設市となる過程で出現し、商業の主流となったと考えられている。また、店はミセとかタナと読まれるが、ミセは商品を売るために見せることに、タナは商品を見せるために並べる棚に由来しているという。
 商店街の変遷について、神奈川県川崎市の東横線とJR南武線が交差する武蔵小杉駅周辺地区で見ることにしよう。この地区は、駅の北側に府中街道と中原街道が交差する交通の要所であった小杉宿があったところである。
           
 江戸末期の小杉宿は旅籠 はたご屋一軒、居酒屋三軒、髪結一軒、湯屋一軒、穀屋二軒、肥料屋三軒、薬屋一軒、荒物・瀬戸物屋五軒、材木商三軒の町並みであった。明治40年頃になると小杉十字路から水屋、建具屋、大工、卵屋、油屋、小間物屋、綿屋、酒屋、屋根屋、質屋、菓子屋、瀬戸物屋、床屋、附木屋(つげきや)、飴屋、足袋屋、醤油屋、呉服店、病院などがあり、商店街が少しずつ大きくなっていることがわかる。このように形成されてきた商店街も武蔵小杉駅の誕生によって、駅を核として新しい商店街が形成され、その後さらに駅周辺の整備・再開発によって発展してきたことがわかる。

 東京都府中市では、明治の頃、本町通りに毎月七の日に市が立ったという。決められた場所に生産物などを持ち寄り、交換するのが市であり、その場所が市場であったといわれる。江戸時代には、一と七の日に六回開く六斎(ろくさい)市であった。竹を骨組みにしたテントで、古着、機織(はたおり)具、金物、農具、臼(うす)、下駄、大工道具などの品物が売られたという。大正12(1293)年に京王電鉄の府中駅が誕生すると駅前にマーケット街ができ、しだいに駅前を中心に商店街が形成されていった。

 こうした例は、日本の各地で見られる様相であり、しかも日用品中心の商店街から飲食店を含めた総合的な商店街または高級化・専門店の商店街へと変化している。

 商店街にはよく名前がついているが、とりわけ「銀座」といわれる名称が入っているところが多い。銀座はもともとは、明治以前、日用雑貨の小店や飲食店が点在する場末の町であったが、明治初年の煉瓦街建設で、現在の銀座通りが形成され、さらに関東大震災後、大手の百貨店が次々に進出し、銀座は新しい盛り喝となってきた。そこで、全国各地の商店街でも新しい印象を与えるため
に 「銀座」 という名称が採用され、「○○銀座」 とか「○○銀座通り」 という商店街が増えたといわれている。 
  出典:『民俗学がわかる事典』 新谷尚紀編著 日本実業出版社 p184~p185  

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